自称阪神タイガース評論家(跡地)

かつてブログ「自称阪神タイガース評論家」があった場所。
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タイガース日本一を見る
zero-52さんの記事を見て、すぐに注文したDVD「熱闘!日本シリーズ1985阪神−西武」が届いたので、この週末で2度見た。
さすがに20年以上も前のことなので、忘れていたことが多かった。ただ、当時の所沢球場や、ラッキーゾーンのあった甲子園球場を眺めるだけで、その時代の匂いを思い出すようだった。

1985年。バブル経済の芽生えの時期、成金趣味、中流意識、ドサクサ、退廃…。何か今の社会の病根が形になって現れ始めた時期のように思えてならない。現にこの時代に見た夢と幻に振り回され、未だにその呪縛から抜けきれない人たちはかなりいるはずだ。
当時私は大学に入ったばかりの19歳だった。日本全国人手不足。仕事が余り、金が余っていた。一晩で1万数千円の稼ぎになる肉体労働から、楽ちんで安定した家庭教師まで、アルバイトは自由に選べた。先輩たちは、ろくに就職活動などしなくても、そこそこ名の通った企業から内定をもらって、どこに行こうか選んでいた。そんな時代だった。

第1戦スターティングメンバー
阪神タイガース
(右)真弓
(指)弘田
(一)バース
(三)掛布
(二)岡田
(左)佐野
(遊)平田
(捕)木戸
(中)吉竹
(投)池田
西武ライオンズ
(遊)石毛
(左)金森
(右)田尾
(一)スティーブ
(指)大田
(三)秋山
(捕)伊東
(中)岡村
(二)辻
(投)松沼博

試合の内容にいちいち、「ああ、そうだったなぁ」とうなる。真弓の出塁に、判で押したような弘田のバント。怪物バースの活躍に対し、乗り切れなかった掛布が、流れを一気に変える第5戦初回の3ランHR。6番レフトのレギュラー佐野を第4戦からスパっと長崎に切り替えるも、初回二死満塁で凡退、その試合無安打。それでも使い続け、第5戦で2ランHR、第6戦で初回に満塁HRでリベンジ。北村、ゲイル、福間、中西、中田、佐藤、工藤、野村、伊藤…みんな若かったねぇ…。ライオンズでは、高橋直、東尾、永射といった個性溢れる面々。そして若き日の工藤(現G)。そんなものは持っていないけれど、今まで集め続けてきたベースボールカードのアルバムをめくりながら、あるページで手を止め、うっとりと眺めていたような感じ。

ひっかかるポイントは、無数にあるのだが、一番意外だったのが、岡田&平田コンビによるゲッツーの多かったこと。特に岡田のベースカバーからの一塁送球は、華麗さはないものの手堅く力強い。記憶として、当時誰も岡田の守備を褒める人などいなかったように思うが、基本を踏まえた上で、自分なりの工夫を凝らして、ミスの少ないフォームを作っているように思った。当時からそういう人だったのだ。

阪神タイガースという球団も、この夢のような日本一のせいで、その進路を狂わせてしまったといえよう。この後のリーグ優勝がなんと18年後。その2年後の優勝を経ても、未だに球団二度目の日本一が成し遂げられずにいる。
時間はかかったが、新しいタイガースの時代を作るチャンスは確実に来ている。

Posted by torao at 08:25 | comments(14)
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そうか、当時はバブル期の入口だったのか。
と、他人事のように言ってみる(笑)
やけに早く、虎のバブルは弾けちゃいましたけどね(苦笑)

そう言われれば、岡田二塁手の目を覆うような
プレーと言うのは思い出せませんね。
若干、後方のフライには不安は有りましたが。
(これは藤本に受け継がれたのか?)
当時としては、石毛−辻のような華やかさは無い
ものの、12球団でもトップクラスの実力はあった
と思いますよ。(褒め過ぎか?)

その堅実さと、独自の工夫で「強い虎」の強固な
礎を築いて欲しいです。
| 西田辺 | 2006/02/07 10:30 AM |
そうですね、当時の岡田の守備に、
下手とも思わなかったですが、上手いとも思いませんでした。
守備といえば、ショート平田が素晴らし過ぎて、
セカンドに目がいかなかったからもしれません。
元々、岡田はサードでしたが、すでにサード掛布は不動でした。
サードからセカンドは、内野→内野だけに、
それほど難しくもないだろうと無責任に思ってたなぁ。

この頃のタイガースは、投手も良かったし、
弘田や北村など、きっちり送れる選手もいたけど、
あまりにもホームランが多かったり、
バックスクリーン3連発の印象が強く、
ホームランだけで勝ち続けたチームのように勘違いしてました。
勝つべくして勝ったチームなのに、
この勘違いが夢のような日本一と思ってしまうのでしょうね。
バブルが弾ける前に弾けちゃいましたからねぇ(笑)

ふと気がついたのですが、両チームのメンバーから、
監督や2軍監督になった人の多いこと。
コーチも入れると相当な確率です。
まさか、四国に独立リーグを作る人がいるなんて、
当時は考えもしませんでしたからねぇ(笑)
| grayghost | 2006/02/07 11:57 AM |
この時、僕はまだ5歳で野球のことは何も知らず、唯一知っていた選手真弓は女性だと思っていました(笑
ただ、お父んが小躍りして喜んでいたことだけは鮮明に覚えています。

この時からもう20年の時間が経過し、阪神はドン底を見て、今また、黄金の時代を造るチャンスを得ていると思います。
今年はそこに足を踏み入れるための大事な1年、森無礼さんの危惧を吹き飛ばすような切磋琢磨と若手の成長が見たいですね!(笑
| ひろひろ | 2006/02/07 12:27 PM |
タイガースが日本一に輝いたのは、その一回だけですから、貴重な記録ですよ。ラインナップを改めて見て、すごい面々ですね。85年は私が今の会社に入社した年。研修で、一月半ほど、生まれて初めて、東京暮らしをしておりました。慣れない東京暮らしと、いつもと違うタイガースの様子に、戸惑っていた記憶があります。休みを利用して、一度だけ横浜スタジアムに足を運び、タイガース戦も観戦しました。そしてタイガースファンの多さにびっくりしたものでした。そのDVD、手に入れてみます。
岡田二塁手は、二塁手としては上手い部類に入る選手だと思います。とにかくスローイングの安定感は抜群。シピンほどではないにしろ、スナップスローの強さは群を抜いていましたね。
そういえば、大阪万博の記録DVDも発売されていて、そいつも観てみたいのですが、2万ウン千円というのはちょっと躊躇してしまう。^^
| いわほー | 2006/02/07 12:46 PM |
85年と言うと私はまだ小学生。
当時家にはテレビがなかったので、当然野球なんて知りませんでした〜。
更にインドア少女だったので、読書ばっかりしてて、スポーツには一切興味はなし。
23歳になってやっと自分の給料でテレビを買って、でもナイターのせいで録画が途中で切れてたりすると、私がキレてたってくらい、
野球には興味なかったなあ〜。

母親が星野さんを好きで、なんとなくナイターを見るようになり、そしてなんとなく阪神戦をたまにみるようになり。
そして朴訥な少年のような井川の投球に惚れ、
正式に?阪神ファンとなりました。
朴訥だった井川もなんだか変わってしまい、
やがて私も2軍にまで手を伸ばすコアなファンになってしまいました(笑)
初めて高知に住んでて良かったと思えましたねぇ。

そうそう、オリ主催の高知市営球場でのオープン戦、去年はめっちゃ余ってたので、今年も余裕で買いに行ったら、オリ側しか残ってなかった!「なんででしょうかね〜?」と聞くと、
清原とノリもいるし、阪神も去年リーグ優勝してますしね〜、と言われてそいえばそだったなあ〜、と思いだした。
ま、後ろのほうで見るんで、どっち側買っても
阪神のほうに行きますけどね(^^; 
| ちょびうさ | 2006/02/07 1:35 PM |
この「岡田」って、呼び捨てにしてますが(笑)今の岡田監督ですよねー。
と、いうくらい4年前までのプロ野球を知らない者です。

>両チームのメンバーから、監督や2軍監督になった人の多いこと。コーチも入れると相当な確率です。

これについて解説して欲しいです。今も見かけるお名前の人多いですよね。あ、自分で調べます。

それにしてもこの試合を21年後にDVDで見て、ブログに書いて大勢の反響がある。。。なんてこと誰も予想できなかったことでしょうね。いやーなんかすごいことです。私も取り寄せたくなりました。
| メル | 2006/02/07 3:58 PM |
岡田のポジションは(おもに)レフト⇒ピッチャー(高校)⇒ショート⇒サード(大学)⇒セカンド(プロ)ときてたと思うのですが、ちがったら訂正してください。ここで、(レフト、ピッチャー、サード)がセットで(ショート、セカンド)がセットですね。彼は2種類のポジションを経験した…とも言えますが、じつはキャッチャー以外はすべてやったと同じですね。それぞれのポジションの守り方を逐一おぼえていく、というのでは間に合わないので、そのポジションに課せられた野球の中での役割をあらかじめ充分に理解していたプレイヤーだったと思うんですね。顔に似合わずクレバーです(笑)。

この年は常勝ライオンズの精密機械を木っ端微塵にするのは粗暴な(?)タイガースしかない…という分析とも期待ともつかない前評判で始まりましたね。これはただ観念の二律背反がそのように描写させただけのことでしょうが、このシーズンは犠打数もリーグ1で、緻密なこともやったわけですね^^。でも全体的な感じではシリーズはどことなくよそ行きの感じだったようにも思います。「5点打線」「200発打線」の華麗な終盤での爆発が過大な期待を下回ったからでしょうね。ちなみにこのシーズンのタイガースのキャッチは3F⇒「フレッシュ・マインド」「ファイティング・スピリッツ」「フォア・ザ・チーム」。吉田さんがなんどもなんどもくりかえす「選手・監督、一丸となって…」がとてもここちよい1年でした。
| BSミツルH | 2006/02/07 4:49 PM |
チャプタメニューの「全得点シーンを見る」も見た?
本編、少しやけど端折ってます。
あ、西武のは見なくていいですよ、俺も見てない(笑)
| zero-52 | 2006/02/07 6:36 PM |
to 西田辺さま
岡田選手は打つ方では思うように活躍できませんでしたが、守備が意外と良いのにあらためて驚きました。この人、侮られがちでも、実はしっかり力があるというタイプなんですね。

to grayghostさま
>当時は考えもしませんでしたからねぇ
そうなんですよ。なんか卒業アルバムみてるみたい。おっしゃるとおり、その後幸福な野球人生を送っている人が多いです。Lの場合は黄金時代を築いたというのがありますし、Tの場合は唯一の日本一メンバーとして大事にされたのでしょうね。それと、吉竹、北村、金森、田尾は、その後トレードでチームが逆になったというのも面白いです。

to ひろひろさま
>…今また、黄金の時代を造るチャンスを…
タイガースは黄金時代というのを築いたことがないのかもしれません。3年間で2度優勝したあと、GのV9が始まってしまいましたから。気力体力充実の今回は本当に大チャンスです。

to いわほーさま
>岡田二塁手は、二塁手としては上手い部類に入る選手だと思います。
「素早い動き」でもなく「流れるよう」でもないんですが、カチッと決まっている…それが岡田の守備スタイルでしたね。盗塁を決める場面もあり、なかなかセンスのあるところを見せています。よく歌で時代を思い出すなんていいますが、我々は虎で当時を思い出すんですね(笑)。

to ちょびうささま
>朴訥だった井川もなんだか変わってしまい…
最近は「井川は変わってなんかいない!」というのが流行です。どっちかというと(笑)。
タイガースは期待の若手が豊富で、バファローズは話題満載。天気良いといいね。

to メルさま
はい。基本的にこのブログでは「岡田監督」ですが、この場合は選手ですので「岡田」です(笑)。タイガースの方はげんまつさんのところなどを参考に調べられますよね。
ライオンズの方は調べるのが大変かも知れませんが、本当に球界に残っている人が多いです。
>この試合を21年後にDVDで見て…
これは野球に限らず、スポーツの魅力ですね。いつまでだって語り継ぐんです。もちろん03や05の優勝も、9.7も、霧も…(笑)。

to BSミツルHさま
>そのポジションに課せられた野球の中での役割をあらかじめ充分に理解していた…
なるほど。非常に体系的に野球のポジションをとらえていたんですね。確かに野手、守備についての岡田監督のコメントには、はっとするようなことが(時々)あります。
>顔に似合わずクレバーです
それも作戦です(笑)。
戦前の予想とは(バース以外)ずいぶんと違う試合展開でしたね。当時最強のライオンズを倒したことは本当に誇らしかった!それからL黄金時代が続いても、「ライオンズはタイガースしか倒せないよ」とうそぶいていました(笑)。

to zero-52さま
あ、そうなの?知らなかった!早速見てみましょう。そりゃ80分で6試合なら端折るね。おう、楽しみだぁ。
| torao | 2006/02/07 7:10 PM |
85年かあ…そう言えば,当時評論家だった長島ミスターが「猛打で打ち勝つ阪神の野球こそ今の時代にふさわしいものだ」と語った,なんて記事を読んだ記憶がある。7点取られたら8点取り返すといった感じの戦いぶりは,確かに時代に合っていたのかも。もっとも,続けて「時代の求める阪神の野球はこれから10年続く,黄金時代だ」という予想は全く外れた(泣)。でも,あっという間にはじけた泡は,実はするどく「時代を先取り」していたとも言える。…先取りなんかせんでええのに(笑)
85年のシリーズは,見所の多い,充実したシリーズだった。日本一という結果があるからすべて美しい思い出になってしまうのかもしれないけれど。
当時は実績からしても西武が格上で,吉田監督は「全員一丸」とともに「挑戦者」としきりに言ってた…ような気がする。この年が最後の采配となった広岡監督について,シリーズ後の一部の評論に,4戦目くらいから以降は勝負に対する執着心が少なくなったという見方があった。当然本人は否定していたが,戦い方を熟知している広岡氏が,例えば永射の起用など決して無理をせず,最後には自分たちが必ず勝つと冷静に計算していたのが,やや消極的に見えたのかもしれない。結果的にはその「計算」をタイガースの「計算外の勢い」が覆したという印象です。
選手岡田と言えば,バース,掛布の後の5番打者というイメージが強くて,セカンドの岡田というのは自分も不思議なくらいに印象がない。長いタイガースの歴史で二塁手として最も多くの試合に出ている選手のはずで,当然下手なわけはないが,「名手岡田」というような言い方は確かに聞いたことがない。なくてはならないものなのに存在感が希薄…まるであんたは空気のよう(笑)。しかし,捕手でも投手でもなく,外野でもなく,サードでもファーストでもない…「グラウンドの真ん中」というポジションでずーっとゲームを見てきたことが「オカダの考え」の大きな要素の一つなのかも。
| おかぼん | 2006/02/07 8:28 PM |
to おかぼんさま
時代は「爆発」を求めていたのでしょうか。この年のタイガースは、まさに栓を抜いたような野球でした。1985年という年自体が、戦を抜いたような年だったように思います。
そういえば岡田選手は長いこと二塁を守りましたね。一人抜け、二人抜け、あの頃の寂しさったらなかったなぁ…。
| torao | 2006/02/07 11:30 PM |
1985年の日本シリーズですか!懐かしいなぁ(笑)。当時はタイガースファンではなかったですが、第1戦から見ていましたね。
戦前の予想ではライオンズ有利だったと記憶していますが、蓋を開けたら初戦は投手力に不安があると言われたタイガースが完封勝ちしたんですよね。
優勝を決めた試合は、初回の長崎選手の満塁本塁打で球場のムードが一気に盛り上がったことを思い出します。
| ぴゅあらっく | 2006/02/08 12:13 AM |
1985年。野球はあまり興味なかったし、選手もバース、掛布、岡田ぐらいですかね、名前と顔が一致してたのは(単にCMにでてた影響もあるかと)。高校生でしたが授業中よそのクラスから六甲おろしの大合唱が聞こえてきたのを何故か覚えております。

YSの宮本が言ってましたっけ。ほんとに守備が上手い人程簡単に捕ってさばいてるように見えるって。派手なプレーに見せず位置取りを計算して確実に球の後ろに回り込んで捕っているとか。ああ成る程と感心した記憶があります。
なので皆さんの話を見るにつけ岡田監督の守備はかなり上手い域にいたってことでしょうか。現選手の守備に関しては自分とダブらせたりして、尚更指導が厳しくなっても仕方ないかもしれないですね。
| ともやん | 2006/02/08 3:16 AM |
to ぴゅあらっくさま
なぜか「懐かしい」という感じはないんです。それよりいろんな発見がころがっていて、驚きの連続といいましょうか。野球そのものが違うというのもありますね。

to ともやんさま
>ほんとに守備が上手い人程簡単に捕って…
そこまでのレベルではありません。俊敏で守備範囲が広いということでは決してありませんから。ただし裁ける範囲内のものを堅実に処理するという意味では、手堅いかと。
ま、指導については、そんなに偉そうにはできないかな(笑)。
| torao | 2006/02/08 12:42 PM |

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