2008.02.24 Sunday
オープン戦はまったく見ていないから華麗にスルー。
さて何をやろうかな。じゃ、前日の「現首脳陣は」の予想ではなくて、「私が監督ならオーダーはこうする!」をやろうかな。
これを考える時に、若手の扱いをどうするかに悩むんだよなぁ。
さて何をやろうかな。じゃ、前日の「現首脳陣は」の予想ではなくて、「私が監督ならオーダーはこうする!」をやろうかな。
これを考える時に、若手の扱いをどうするかに悩むんだよなぁ。
タイガースはかつて補強費をケチって、不当に利益を貪るような体質があった。今はそこそこ金をかけてチームを強化するようになった。このことは、ファンとして絶対的に喜ぶべきことである。「ダメ虎」「暗黒時代」はどこからどう考えてももう願い下げである。
しかしその一方で、タイガースのサブカルチャーというものが、特にある一定のキャリアを持つファンの中に厳然と存在するのも事実である。「弱い者の意地」だとか、「敗者の楽しみ」だとか、「球団はアホだが選手を無条件に愛する」だとか、「ファンの熱さだけは負けない」だとか…。それらは実に複雑な心理状態からひねり出されており、「生きる知恵」とも言えるもので、彼らにとっては、時に「愛すべき」ものですらあったりする。
最近では、その「愛すべきもの」と「そこそこ理にかなった補強をするタイガース」の狭間で、ファンは自分が何を求めているのかがわからなくなる時もしばしばある。
星野仙一が監督になって、久万オーナーとかけ合って、電鉄の金庫を開いたという。その後タイガースは、基本的に積極財政の拡大路線を行くようになる。そして、それなりの成績を残すことが、多くのタイガースファンを喜ばせると同時に、タイガースのサブカルチャーに危害を加えることになる。そこでまた、「愛すべきもの」を守ろうとする心理を燃え上がらせることになっちゃったりするから、皮肉というか面白いというか(笑)。
例えば、そんなサブカルチャーの一つが「そんなロートル使ってるくらいなら、我慢して若者を使え」という主張ではないかと思う。
かつてのタイガースの補強と言えば、ドラフトではクジの競合を避けて、ひねりの利いた選手を指名し、トレードでは盛りを過ぎた昔のスターを好んで連れてきた。ま、働かないのはどちらも同じなのだが(笑)、まだわからない将来があるぶんだけ、ファンとしたら若者を使えとなるわけである。チームは不調、だがその頃には期待の新星が甲子園に登場する…そんな時代が長く続くと、「若手を使うことが正義。その際、チーム成績は不問」という新しい価値観が創出される。かくしてタイガースファンの「若者スキー」ぶりは、もはやファン体質にすらなっている。
時は代わって21世紀。タイガースは「どケチ球団」から「成金球団」になった。また医学やトレーニングの進化は、高齢選手が高い能力を維持し続けることを可能にし、そのおかげで、戦力的下克上が少なくなった。
その過程は、かつて若手の成長に夢を見ていたファンたちの理想とするものではなかった。我慢して使い続けた若手が大輪の花を咲かせてチームを押し上げたのではなく、他球団からの戦力補強で飛躍的に強くなった。本当は、その過程の中で、育成して戦力化した選手も多くあるのだが、局所局所で補強選手が目立つから、印象としてそうなってしまう。育成の方も過去とは比べものにならないくらい発達はしているのだが、そう素直に受け取れない。自前の選手を、自前でスーパースターに育ててこそ、本当に強くなったと言えるんじゃないか?これが、大切に「愛すべきもの」を育ててきたファンの心理である。
だから、半ば本気で、「現在のチームが壊滅的に弱くなってもかまわないから、もっと若者を使ってくれ」そう思っているファンも少なからずいるのだと思う。
そんなわけで、「私が監督なら」の理想的オーダーはどうしようかな。前置きがあまりにも長くなったから、続きはまた明日だね(笑)。
しかしその一方で、タイガースのサブカルチャーというものが、特にある一定のキャリアを持つファンの中に厳然と存在するのも事実である。「弱い者の意地」だとか、「敗者の楽しみ」だとか、「球団はアホだが選手を無条件に愛する」だとか、「ファンの熱さだけは負けない」だとか…。それらは実に複雑な心理状態からひねり出されており、「生きる知恵」とも言えるもので、彼らにとっては、時に「愛すべき」ものですらあったりする。
最近では、その「愛すべきもの」と「そこそこ理にかなった補強をするタイガース」の狭間で、ファンは自分が何を求めているのかがわからなくなる時もしばしばある。
星野仙一が監督になって、久万オーナーとかけ合って、電鉄の金庫を開いたという。その後タイガースは、基本的に積極財政の拡大路線を行くようになる。そして、それなりの成績を残すことが、多くのタイガースファンを喜ばせると同時に、タイガースのサブカルチャーに危害を加えることになる。そこでまた、「愛すべきもの」を守ろうとする心理を燃え上がらせることになっちゃったりするから、皮肉というか面白いというか(笑)。
例えば、そんなサブカルチャーの一つが「そんなロートル使ってるくらいなら、我慢して若者を使え」という主張ではないかと思う。
かつてのタイガースの補強と言えば、ドラフトではクジの競合を避けて、ひねりの利いた選手を指名し、トレードでは盛りを過ぎた昔のスターを好んで連れてきた。ま、働かないのはどちらも同じなのだが(笑)、まだわからない将来があるぶんだけ、ファンとしたら若者を使えとなるわけである。チームは不調、だがその頃には期待の新星が甲子園に登場する…そんな時代が長く続くと、「若手を使うことが正義。その際、チーム成績は不問」という新しい価値観が創出される。かくしてタイガースファンの「若者スキー」ぶりは、もはやファン体質にすらなっている。
時は代わって21世紀。タイガースは「どケチ球団」から「成金球団」になった。また医学やトレーニングの進化は、高齢選手が高い能力を維持し続けることを可能にし、そのおかげで、戦力的下克上が少なくなった。
その過程は、かつて若手の成長に夢を見ていたファンたちの理想とするものではなかった。我慢して使い続けた若手が大輪の花を咲かせてチームを押し上げたのではなく、他球団からの戦力補強で飛躍的に強くなった。本当は、その過程の中で、育成して戦力化した選手も多くあるのだが、局所局所で補強選手が目立つから、印象としてそうなってしまう。育成の方も過去とは比べものにならないくらい発達はしているのだが、そう素直に受け取れない。自前の選手を、自前でスーパースターに育ててこそ、本当に強くなったと言えるんじゃないか?これが、大切に「愛すべきもの」を育ててきたファンの心理である。
だから、半ば本気で、「現在のチームが壊滅的に弱くなってもかまわないから、もっと若者を使ってくれ」そう思っているファンも少なからずいるのだと思う。
そんなわけで、「私が監督なら」の理想的オーダーはどうしようかな。前置きがあまりにも長くなったから、続きはまた明日だね(笑)。