2005.09.30 Friday
甲子園のファンは選手にとって強い味方だと言われるが、私は必ずしもそうだとは思わない。現実に球場がつくり出す雰囲気に飲まれて舞い上がり、消えていった選手もいたし、怒号と不調の悪循環にはまり込む選手もいる。甲子園のファンは、ただ表現力が豊かなだけでなく、野球をよく知っている。流れを見る目があるから、その流れを増幅させる力を持ち得る。何が言いたいかというと、いったん信頼を得れば、「心配するな大丈夫だ」と強い力で背中を押してくれるが、不信を持たれれば、「おいおいオマエで大丈夫か」という暗い雲を作ってしまう。岡田監督の功は多々あるが、ファンを信じさせ、その信じて疑わないという力で試合の流れを固めたことは、甲子園球場という地の利を十分に生かす戦略だった。赤星が出塁すれば点になる、苦しい時は金本がなんとかしてくれる、ランナーがいる時の今岡はすごい、6回が終わってリードしていれば後はJQKで盤石…。観客はまったく疑いなく選手を見つめ、選手もその強い追い風の中、安心して勝負に集中する好循環。そして、その時対戦相手は、必要以上に追い込まれることになる。この現象を生み出すために、岡田監督は選手の力を徹底的に信用し、その長所を最大限発揮できる環境を整えた。簡単に言えば、任せたのだ。
こうして甲子園のファンを力にした。他球団では持ち得ない強い味方だ。優勝がかかったこの試合、勝因の第一は、この観客だったと思う。超満員今季最多48,576人の観衆は、タイガースがいつもどおりに強い勝ち方をすると信じて疑っていない。完全に。そんな異常な空間があれば、勝つことなんて簡単だ。こちらは力を発揮でき、対戦相手は萎縮して行く。
下柳が打たれるはずがない。特に若手の多いG打線は、投球術の格好の餌食だろう。誰もがそう思っている。1回表、あっという間に三者凡退。
そんな調子なら赤星が出塁して、点が入るだろう。赤星は遊ゴロに倒れたはずなのに、足が気になった二岡が悪送球。G先発内海の暴投もあって、タダで無死二塁をもらう。二死となっても、金本が場内の空気のままに一二塁間を破り1点先制。試合の筋書きは、選手やベンチでなく、観客が決めている。
二回表、下柳は小久保、二岡、阿部をわずか9球で片づける。これは若い内海から大量点が取れそうだ。スペンサーがレフト線に会心の二塁打、矢野得意のライト前ヒットで無死一三塁。関本の詰まったゴロは三遊間のど真ん中を転がって行く。もう、そうと決まっているのだから仕方がない(笑)。2−0となってなお無死一二塁。下柳は初球を送りバント、もし内海が思い切って三塁に送球すればアウトだったが、萎縮しているから、ちょっとしたギャンブルも仕掛けられない。一死二三塁で赤星の打球はやや大きめに弾んだ二ゴロ。前進守備の二塁岩館、これを取って…体をくるっと反転させて一塁送球。バックホームするための前進守備でゴロが飛んできて、ランナーが突っ込んでいるのにバックホームできないのだ。投げてもセーフになったらどうしよう…若さの唯一の特権である、思い切りの良さを完全に奪う、負けそうだという空気。その間に1点追加、3−0。ここで「空気」は翻意した。「もういいよ、あまり大差がついては締まらない。点はそれでいい」と。
次はシモさんの気迫が見たいと空気が言う。4回は走者を二人出すが、二岡を逃げ落ちるフォークで翻弄し空振り三振。5回6回は続けざまに得点圏に走者を進められるが、狙い通りに三振を取り、狙い通りにポップフライを打たせる投球。特に6回、皆、下柳がこの回までだとわかっている。二死三塁で小久保。内へ外へ、巧みに投げ分けるも、さすがにかつてダイエーホークスを背中で引っ張った男、意地で食らいつく。最後はスライダーが、いつもの倍キレた。ぐぐっと懐をえぐられ、打球は力無いセカンドフライ。下柳はいつもより足取り軽く、上向き加減でベンチに戻って来た。今日も6回をゼロ封だ。「The Game」や「The Game リメイク版」と同じ。5回または6回をゼロに抑えるのが、まるで当たり前のようだ。去年までは、7回を3点で済ませれば上出来の投手だったことなど、本人も忘れているのだろう(笑)。
3回からタイガースの打線は淡々と。「空気」のおおせのとおりに、手早く進めていく。その時が待ちきれないのだ。それにまだ登場していない選手たちに早く出てきてほしいのだ。
6回ウラ、二死から四球で出た関本に代走藤本。そして、下柳に代わり代打濱中。いつにも増して大きな歓声で迎えられる。今年のタイガースを象徴する選手の一人だ。セ・リーグ同士の対戦だけなら、TとDに大きな差はない。運命を分けた交流戦で、2年前、4番打者として打点王を取ろうかという活躍をして、その後地獄を見た男が帰ってきた。その復帰戦で逆転タイムリーを打った時、我がことのように喜んだ岡田監督や、チームメイトたちの顔が忘れられない。
7回、いつものリンドバーグの歌声とともに、リリーフカーに乗った藤川球児が登場。投球と同時に、日米野球で松井が打席に入った時と同じようなフラッシュを浴びる。間違いなくこの試合のハイライトシーンだった。
藤川を見るだけで、目頭から鼻の奥あたりがツンと痛くなる。それは私だけではないはずだ。たぶん、あの美しい直球の球筋に「刹那」を感じるから。たぶん、肩肘の故障を乗り越え、奇跡的なバランスの上に突如でき上がった希代の速球王に「刹那」を感じるから。今この時、藤川の直球を見ることができる喜び、そしてそれは決して永遠ではないという悲しみがこみ上げるのだと思う。
そんな繊細な儚さを感じさせる藤川が、長いプロ野球の歴史の中で、1シーズンでもっとも多くの試合に登板するという記録を打ち立てた。その記念すべき試合で、矢野は当たり前のように同じサインを出し続ける。藤川は11球連続の直球で3つのアウトを取り、記念の花束を受け取った。
そして球児が投げればそこが試合のヤマ場。そこを境に試合は壊れていく。4月、タイガースは今と同じような強さを見せた。いつも球児が投げた後、試合終盤に追加点を奪って勝ったものだ。
一死後、鳥谷はボテボテの内野安打。シーツ倒れるも、金本のライト前ヒットで、二死一三塁。今岡とは勝負せず、左腕マレンは桧山と勝負。だが、打席に入った桧山は長く苦しんでいた桧山とは違う。満塁の初球、絶対にストライクが欲しいところ、一点の迷いもなく振り切り、矢のようなライト前ヒット。貴重な追加点を奪う。さらに矢野もレフト前ヒットで続き、試合を決める。5−0。
8回は、ウィリアムス。藤川ともども、どこへ行ったってクローザーができる投手。昨年は不調が長く続いたが、今年ははるかに安定していた。弟分の藤川、久保田を引っ張っていかなければいけないという精神的な張り合いがそうさせたのだろう。この日は格違いのG若手3人を当たり前のように三振3つ。
最終回のマウンドには久保田が上がる。開幕当初から藤川と比較され、クローザー適性を疑問視された。その問題は未解決かも知れない。だが「The Game」の9回ウラ、渡邉とウッズを連続三振に取った男だ。まだまだ上積みがある。
優勝目前、完封リレーをみんなが待っている。そこで連打、ゲッツー、暴投で1失点。で、またヒット。お前、オモロイな、わざとやってる?(笑)。えーと、ここでHR打たれたら点差は…とかってマジで計算したじゃないか(笑)。阿部の当たりは金本の正面へ。誇らしげにキャッチしたグラブを掲げ、喜びの笑みを浮かべたアニキ。矢野が久保田に抱きついた。投球内容からか、ちょっとまだテンションが上がっていなかった久保田(笑)。一番早くやって来たのは球児か?あとはどんどん、押しくらまんじゅう(笑)。周囲のコーチとひととおり握手をした後、満面の笑顔を浮かべた岡田監督が輪の中へ向かう。花道をあけてさあどうぞ。笑顔の「野球少年」が舞う。1回、2回、3回目が大きく、ぽーんと高く舞って、4回、5回。あちこちで抱擁。全身で喜びを爆発させていたのが、矢野、下柳、金本だったように思う。そしてはばかることなく泣いていたのは藤川だった。
優勝監督インタビュー。場内から岡田コールが響き渡る。選手の時はいつも聞いていたが、今年、監督として満員の観衆から岡田コールが沸き起こることを予見した人があっただろうか。
受け答えは、上手ではないが、堂々としていた。「宿敵ジャイアンツを倒して」岡田監督らしい言い方だ。子供の頃から根っからのタイガースファン。公の目がある場所では、ジャイアンツの選手と仲良くする様子は決して見せないのが選手岡田のポリシーだった。
「最高の選手たち」「強いチーム」を繰り返した。そして前回やり残した日本一を取ると宣言した。
私は「もっと強くなるチーム」という言葉が嬉しかった。本当にそうだ。模範を示すベテランがいて、投手にも野手にも、まだまだ上手くなる余地のある選手がゴロゴロいる。岡田監督には、選手それぞれの将来像がくっきりと見えているのだろう。そしてそのビジョン通りに成長する時、その選手は、甲子園のファンから絶大なる信頼を得ているはずだ。本人がどう評価されようと、そういう状況を数多くつくり出す。岡田彰布はそういう監督だと思う。
こうして甲子園のファンを力にした。他球団では持ち得ない強い味方だ。優勝がかかったこの試合、勝因の第一は、この観客だったと思う。超満員今季最多48,576人の観衆は、タイガースがいつもどおりに強い勝ち方をすると信じて疑っていない。完全に。そんな異常な空間があれば、勝つことなんて簡単だ。こちらは力を発揮でき、対戦相手は萎縮して行く。
下柳が打たれるはずがない。特に若手の多いG打線は、投球術の格好の餌食だろう。誰もがそう思っている。1回表、あっという間に三者凡退。
そんな調子なら赤星が出塁して、点が入るだろう。赤星は遊ゴロに倒れたはずなのに、足が気になった二岡が悪送球。G先発内海の暴投もあって、タダで無死二塁をもらう。二死となっても、金本が場内の空気のままに一二塁間を破り1点先制。試合の筋書きは、選手やベンチでなく、観客が決めている。
二回表、下柳は小久保、二岡、阿部をわずか9球で片づける。これは若い内海から大量点が取れそうだ。スペンサーがレフト線に会心の二塁打、矢野得意のライト前ヒットで無死一三塁。関本の詰まったゴロは三遊間のど真ん中を転がって行く。もう、そうと決まっているのだから仕方がない(笑)。2−0となってなお無死一二塁。下柳は初球を送りバント、もし内海が思い切って三塁に送球すればアウトだったが、萎縮しているから、ちょっとしたギャンブルも仕掛けられない。一死二三塁で赤星の打球はやや大きめに弾んだ二ゴロ。前進守備の二塁岩館、これを取って…体をくるっと反転させて一塁送球。バックホームするための前進守備でゴロが飛んできて、ランナーが突っ込んでいるのにバックホームできないのだ。投げてもセーフになったらどうしよう…若さの唯一の特権である、思い切りの良さを完全に奪う、負けそうだという空気。その間に1点追加、3−0。ここで「空気」は翻意した。「もういいよ、あまり大差がついては締まらない。点はそれでいい」と。
次はシモさんの気迫が見たいと空気が言う。4回は走者を二人出すが、二岡を逃げ落ちるフォークで翻弄し空振り三振。5回6回は続けざまに得点圏に走者を進められるが、狙い通りに三振を取り、狙い通りにポップフライを打たせる投球。特に6回、皆、下柳がこの回までだとわかっている。二死三塁で小久保。内へ外へ、巧みに投げ分けるも、さすがにかつてダイエーホークスを背中で引っ張った男、意地で食らいつく。最後はスライダーが、いつもの倍キレた。ぐぐっと懐をえぐられ、打球は力無いセカンドフライ。下柳はいつもより足取り軽く、上向き加減でベンチに戻って来た。今日も6回をゼロ封だ。「The Game」や「The Game リメイク版」と同じ。5回または6回をゼロに抑えるのが、まるで当たり前のようだ。去年までは、7回を3点で済ませれば上出来の投手だったことなど、本人も忘れているのだろう(笑)。
3回からタイガースの打線は淡々と。「空気」のおおせのとおりに、手早く進めていく。その時が待ちきれないのだ。それにまだ登場していない選手たちに早く出てきてほしいのだ。
6回ウラ、二死から四球で出た関本に代走藤本。そして、下柳に代わり代打濱中。いつにも増して大きな歓声で迎えられる。今年のタイガースを象徴する選手の一人だ。セ・リーグ同士の対戦だけなら、TとDに大きな差はない。運命を分けた交流戦で、2年前、4番打者として打点王を取ろうかという活躍をして、その後地獄を見た男が帰ってきた。その復帰戦で逆転タイムリーを打った時、我がことのように喜んだ岡田監督や、チームメイトたちの顔が忘れられない。
7回、いつものリンドバーグの歌声とともに、リリーフカーに乗った藤川球児が登場。投球と同時に、日米野球で松井が打席に入った時と同じようなフラッシュを浴びる。間違いなくこの試合のハイライトシーンだった。
藤川を見るだけで、目頭から鼻の奥あたりがツンと痛くなる。それは私だけではないはずだ。たぶん、あの美しい直球の球筋に「刹那」を感じるから。たぶん、肩肘の故障を乗り越え、奇跡的なバランスの上に突如でき上がった希代の速球王に「刹那」を感じるから。今この時、藤川の直球を見ることができる喜び、そしてそれは決して永遠ではないという悲しみがこみ上げるのだと思う。
そんな繊細な儚さを感じさせる藤川が、長いプロ野球の歴史の中で、1シーズンでもっとも多くの試合に登板するという記録を打ち立てた。その記念すべき試合で、矢野は当たり前のように同じサインを出し続ける。藤川は11球連続の直球で3つのアウトを取り、記念の花束を受け取った。
そして球児が投げればそこが試合のヤマ場。そこを境に試合は壊れていく。4月、タイガースは今と同じような強さを見せた。いつも球児が投げた後、試合終盤に追加点を奪って勝ったものだ。
一死後、鳥谷はボテボテの内野安打。シーツ倒れるも、金本のライト前ヒットで、二死一三塁。今岡とは勝負せず、左腕マレンは桧山と勝負。だが、打席に入った桧山は長く苦しんでいた桧山とは違う。満塁の初球、絶対にストライクが欲しいところ、一点の迷いもなく振り切り、矢のようなライト前ヒット。貴重な追加点を奪う。さらに矢野もレフト前ヒットで続き、試合を決める。5−0。
8回は、ウィリアムス。藤川ともども、どこへ行ったってクローザーができる投手。昨年は不調が長く続いたが、今年ははるかに安定していた。弟分の藤川、久保田を引っ張っていかなければいけないという精神的な張り合いがそうさせたのだろう。この日は格違いのG若手3人を当たり前のように三振3つ。
最終回のマウンドには久保田が上がる。開幕当初から藤川と比較され、クローザー適性を疑問視された。その問題は未解決かも知れない。だが「The Game」の9回ウラ、渡邉とウッズを連続三振に取った男だ。まだまだ上積みがある。
優勝目前、完封リレーをみんなが待っている。そこで連打、ゲッツー、暴投で1失点。で、またヒット。お前、オモロイな、わざとやってる?(笑)。えーと、ここでHR打たれたら点差は…とかってマジで計算したじゃないか(笑)。阿部の当たりは金本の正面へ。誇らしげにキャッチしたグラブを掲げ、喜びの笑みを浮かべたアニキ。矢野が久保田に抱きついた。投球内容からか、ちょっとまだテンションが上がっていなかった久保田(笑)。一番早くやって来たのは球児か?あとはどんどん、押しくらまんじゅう(笑)。周囲のコーチとひととおり握手をした後、満面の笑顔を浮かべた岡田監督が輪の中へ向かう。花道をあけてさあどうぞ。笑顔の「野球少年」が舞う。1回、2回、3回目が大きく、ぽーんと高く舞って、4回、5回。あちこちで抱擁。全身で喜びを爆発させていたのが、矢野、下柳、金本だったように思う。そしてはばかることなく泣いていたのは藤川だった。
優勝監督インタビュー。場内から岡田コールが響き渡る。選手の時はいつも聞いていたが、今年、監督として満員の観衆から岡田コールが沸き起こることを予見した人があっただろうか。
受け答えは、上手ではないが、堂々としていた。「宿敵ジャイアンツを倒して」岡田監督らしい言い方だ。子供の頃から根っからのタイガースファン。公の目がある場所では、ジャイアンツの選手と仲良くする様子は決して見せないのが選手岡田のポリシーだった。
「最高の選手たち」「強いチーム」を繰り返した。そして前回やり残した日本一を取ると宣言した。
私は「もっと強くなるチーム」という言葉が嬉しかった。本当にそうだ。模範を示すベテランがいて、投手にも野手にも、まだまだ上手くなる余地のある選手がゴロゴロいる。岡田監督には、選手それぞれの将来像がくっきりと見えているのだろう。そしてそのビジョン通りに成長する時、その選手は、甲子園のファンから絶大なる信頼を得ているはずだ。本人がどう評価されようと、そういう状況を数多くつくり出す。岡田彰布はそういう監督だと思う。