自称阪神タイガース評論家（跡地）

終盤に入っても衰えることのなかったキレの良い直球に、合わせただけの力無い打球が赤星の前にフラフラと上がる。試合終了。それを見届ると、井川の目から涙が溢れて止まらない。いつもどおりの勝利のハイタッチを、いつもとまったく違う顔でする井川。どんな想いがその「泣き顔」を作ったのか、喜びなのか悲しみなのか安堵なのか哀愁なのか、私には読み取れなかった。それほど「純粋な泣き顔」だった。

チームは逆転優勝に向かって連勝を続ける。９月の快進撃の中、井川は勝てていない。自分なりに何かを変えないといけないと考えたのだろう。
好調時のビデオでフォームを研究する。「原点回帰」「初心に戻れ」。誰もが行うスランプ克服法だが、投球フォームだけでなく、形と気持ちも原点回帰できたのかも知れない。
この日井川はイニングを終えると、小走りで、時にはダッシュでベンチに戻った。井川の心境の変化は、形にして表すことでナインに伝わった。またキビキビとしたリズムが攻撃に好影響を与えた。

「きょうは一球一球気持ちを込められたと思います」
その一球一球に、どんな気持ちがこめられていたのか。その気持ちの込め方が、いつもの投球とどれ程違っていたのか。正直言って、私にはわからなかった。

ただこの日の井川は始めから飛ばしていたのはわかった。まるで若い投手が初めてチャンスをもらった時のように、とにかくこの回、とにかくこの打者、とにかくこの１球、思いっきり投げる…リラックスよりも、力一杯を選んだように見えた。

実際に井川がチャンスをもらったばかりの頃、その登場は衝撃的だった。タイガース暗黒時代末期に剛球を引っ提げて颯爽と現れた。暗黒時代は星野監督、金本らによって打ち破られたというのが通説かも知れないが、エース井川の本格化も見落とせないパーツだ。その剛球は、どこへ行くか分からず、大暴投や四球連発も招くが、ゴーッという力強さと、ズシンという重さを兼ね備えていた。江夏みたいな若い左腕が現れたことが嬉しかった。江夏にカーブがあったように、井川はチェンジアップを覚えて、打者を打ち取る能力をアップさせた。このどこへ行くか分からない剛球と、たまに決まるチェンジアップを思いっきり投げ込むことが井川の原点であり、「ついにタイガースに凄いエースが誕生する」この時期の期待感が、ファンにとっての井川の原点だ。

その後の井川は遠回りをしたのだろうか。進化の途中の苦しみなのだろうか。優勝し、沢村賞をもらって、メジャー行きを希望し、不甲斐ない投球にどこへでも行っちまえとののしって…。その苦悶の時間が続いている。現在は、井川にとっても、ファンにとっても、原点からは想像もつかないような所に立っていることは否定できない。

この日、井川が原点回帰を目指して、結果を出したことは素直に嬉しく思う。もちろん、これで井川の進むべき道がパーっと拓けたとは到底思えないが、思いっきり投げ続けて、感極まって涙を流すような、そんな姿を、心のどこかで求め続けていたような気がする。ありのままの井川が、ありのままのピッチングをして、自分をさらけ出した。それがとても嬉しかった。
涙の意味、涙の理由、そんなものはどうでも良いよ。